いつの間にか好きになっていた。気がついたら谷底だった。いや、まだ、落ちている最中なのかもしれない。ここは海だったのかもしれない。酸素に恵まれない深みで、飲みこんだ水に殺されなければいけないのかもしれない。神さま。かみさま。






 出口を塞いでしまうように、深いキスをする。貪るとか噛みつくとか食らい尽くすとか、そんな言葉じゃ足りないくらい、しつこく貪欲に橘を求めている。ぎり、と爪を立てられている辺り、お前もそうだろ。なんて。
「し、あき……っ」
 母親が子供にそうするみたいに、手のひらで頭蓋のかたちを確かめるようにして頭を撫ぜてやる。いい子。そう、いつでも、息するより前に俺の名前を呼んで。求めてほしい、焦がれてほしい。だって、俺ばかりじゃ、ずるいだろ。
 溢れた唾液に濡れた唇を、もう一度唇でなぞって促すと、橘は素直に薄く口を開いた。
 もっと、もっと。




 他人の唾液なんて気持ち悪いし、無防備なところを晒し合うだけの何がいいのだろうと思っていたけれど、佳明とのキスは気持ちがいい。唇のやわらかさだとか舌の熱さだとかを知っていられるのははじめのうちだけで、じきに何もかもわからなくなってしまうのだけれど。
 ただかき回すだけの拙い情欲ではじまったはずが、いつの間にか、何にも暴かれていないはずの深いところにまで手をかけるようになっていた。そのまま、どんどん欲深く、我儘になっていく。
「は……な、あ」
「なに」
 浅く唇を触れ合わせたまま言葉を落とす。頬の上に落ちる吐息がくすぐったい。
「好きだ」
 何か言葉をもらう前に、もう一度唇を押しつけた。
 まだ足りない、もっと。




kiss in the dark


110713 | ことり