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 美しい箱の中には、美しいものが仕舞われているのだと、かたく信じていた頃の話をしよう。夕べは和やかで、朝は清かで、夜はおとぎ話の中にしかなかった。目蓋を手のひらに覆われ、耳元に楽しい物語をささやかれ続けていた。水の匂いしかしない金色の時間。吸い込む空気にはきっと砂金が混じっていた。だから思い出はこんなにもざらついているのだ。

 うさぎを追い、芋虫にものを尋ね、汚されたばらの花を見た、そんな少女のように。

 はっきりとしない記憶の糸を、おそるおそるたぐる。空想の中、手のひらは鳥のように虚空を泳ぐ。何も知らなくても許された、子供の頃の、小さくふっくらとした指。汚れも何もなく、ただ白い。暗い霧のような闇から伸びてくる糸は錆色だ。指先で拾い上げる。ちょっと力を込めて引いてみる。不快な手応えが糸を伝い、無垢なはずの手のひらにまでのぼってくる。
 やわらかく重たい、熱をもった大きな何か。無理やりに引きちぎられても悲鳴はあげない。

 昔の話をしよう。おとぎ話だ。ぼくがぼくの名前を知らなかった頃の。







(2011/07/22) アリスという名の少年