まっすぐに走り続けていた体は突然には止まれなくて、足を揃えて踏ん張ってもぐらりと傾ぐ。 たぶん、それと同じなんだと思う。 息絶えたはずの少年の体がまだ温かいのは。
 彼は離れていこうとしているのに、世界の方が彼をぐいと引っ張っている。 どちらも道理が通っている。 でも何もかもが不自然だ。
「こんなこと、あるはずがないんだ」
「じゃあ現に今きみの目の前にあるものは何になるのさ」
「夢だと思う」
「はん。夢、ね」
 ホールにユニの声が鮮やかに響いた。 僕の声はこんなにも所在なく掻き消えてしまったというのに。 彼の声が間違いのない存在感を伴っているのは、何か決定的に足りないものを補っているからだろうか。
「ぼくは今ここにいる。それでいいじゃないか。そんなに考えこむなよ」
「きみは……よく、嘘をついたから」
「ぼくがここにいるのも出来のいい嘘だっていうのか」
 ひどくばかばかしいことを言ってしまったような気がした。 呆れた顔をしたユニがまぶしい。 今になってようやく追いついてきた気持ちに、またしてもぼくは戸惑っている。 真っ白な雪原の真ん中にも、夜の森の木の下にも似ている。 くらい塊を抱えたまま、ただユニがまぶしい。
「レネに嘘をついたことはなかった。たった一度だって。違うかい?」
「違わない」
「そうだろ? これは夢じゃないし、嘘でもない。ほら、ぼくはここにいるよ」
 白い花を握って心臓の位置に置かれていたはずのユニの右手が、今ぼくに差し伸べられる。 あのときのぼくの悲しみの深さは、今笑っている彼に理不尽な憤りを感じる理由になると思う。 ユニを罵りたい気持ちでいっぱいだ。 ばか、と百万回言っても足りやしない。 でも、そんなことがどうでもよくなってしまうくらいに、ぼくは嬉しくてしかたないんだと言ったら、彼はまた呆れ顔で、ぼくをばかだと言って優しく笑うだろう。
 いつまでたっても微動だにしないぼくに焦れて、ユニが無理やりにぼくの手をとった。 手のひらでふいに受け止めたユニの体温が、人間として正しい暖かさをしていたことが、ぼくにとってはどんな言葉よりも真実に近い。
「ユニ……」
「やっと呼んだな」
「ユニ、ここはどこだろう。ねぇユニ、僕らはどこにいるんだろう」
「どこにもいないさ」
 息を呑む。ユニが嘘をついてはいないとわかったから。
「それならよかった」
 思ったよりもずっと華やいだ声。 それにぼくは気を良くする。
 ぼくが夢だ。 ユニが夢じゃなくても、きっと僕が夢だ。 だってこんなに温かい。 そんなことがあるわけがない。
 だけど、それでもいいなんて思ってしまう。 ユニに向かって、またその短くてきれいな名前を呼べるなら。 ユニが返事をしてくれるなら。
 そしてぼくの知らないところで、静かに扉が開いた。







(2009/10/28) 少年は今朝も目覚めない