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 父は本を読むことと考え事が好きな人で、とても寡黙な人だった。 新しく買った本に夢中になっていたり、何かひとつのことについて真剣に考えていたりすると、一日中何もしゃべらないことすらあった。 たぶん余計な言葉が邪魔だったんだろう。 だから私もそのときばかりは父に合わせて寡黙になった。
 それは幼かった私にとって苦痛であっただろうに、私にはその記憶が無い。 父が朝起きてから寝るまで、何もしゃべらなくても、私には不満も不安もなかった。 おそらくそれは、私がそこにいるということを父は常に気に留めていてくれたからだろう。 黙ったままでご飯の支度をしてくれて、転んで泣いていれば頭を撫でてくれた。
 それは端から見れば随分おかしな光景かもしれない。父のことを駄目な父親だと言う人もいるだろう。 けれど私は、そんな父のことが大好きだった。
 父はときどき何のきっかけもなく、私に自分が考えたことについて語ることがあった。 私にわかりやすいような言葉を選んで、父は、父の頭の中にある広大な言葉の群れの一部を見せてくれた。
「永遠というものはね、キーラ、つまりはクラゲの骨なんだよ。 クラゲはわかるね。 海を漂う、ゼリーみたいなぐにゅぐにゅの生き物だ。 ぐにゅぐにゅでね、骨が無いんだ。 クラゲには骨が無いんだよ、キーラ。 だからね、キーラ、永遠というものはどこにも無いんだ。 といっても、途方も無い時間のことを永遠と呼ぶのはいいんだ。 それはそれ以外に言葉が無いからね。 僕がどこにもないと思う永遠というのは、約束とか愛とか、そういうもののことなんだ。 永遠を誓っても、人の心はすぐに変わってしまうって、キーラだってわかるだろう。 でもねキーラ。 僕はクラゲを見て、あんなにぐにゅぐにゅしてるから骨が無いと思ったけれど、もしかしたら見えないだけで骨はあるのかもしれない。 永遠も同じだとは思えないかな。 無いと思っているのだけど、もしかしたら、とも思える。 それはキーラ、素敵なことじゃあないかな」
 父が饒舌なとき、それは父が上機嫌であるということとは少し違った。 父の語る言葉はどこか悲しみに満ちていて、私はそれが少しばかり切なかった。 父の眼差しも暖かい言葉も、すらすら語られる言葉と一緒になると、急にぴかぴかと光りすぎるスプーンのようになってしまう。
 私に語りかけながら父は、父の中のぐずぐずと渦巻くものを整理していたのかもしれない。 父は悲しい瞳で私を見つめながら、同時に父の中の世界を見つめていた。 だから父の言葉は終わりに近づけば近づくほど透明になっていったのだ。
 上機嫌なときの父はよく歌を歌った。  ちゃんちゃらしゃんしゃん、きーろろろ。
 ちゃんちゃきしゃらしゃら、きーるるる。
私はそれが父の世界なのだと思っていた。 意味のわからない言葉の羅列。 けれどその音はとても優しく、私に海を思わせた。 骨のあるかもしれないクラゲが漂う海永遠のある場所。
 父はもうここにはいない。 随分前に私の世界から消えうせて、父の世界に行ったきりになってしまった。
 父が私に遺してくれたものは少ない。 長い手紙と、あの歌と、それから永遠。 たぶんこれらを私は後生大事にし続けるのだろう。 それこそ、永遠に。