この世界は案外曖昧にできていて、ひどく脆い。 時折そのことを思い知っては、死にたくなるほどの悲しみを憶えた。 君もそのことは知っていただろうに、いつも笑っていて、とても幸せそうだった。 僕はそれを醜いと思った。 君の笑顔が目障りだった。 なのに君から目を離すことはできなかった。
 僕は君に優しさの欠片を見せたことなど無かった。 僕の唇は君を苦しめる言葉ばかりを形作った。 僕の心が歪んでいて、これは間違ったことなのだと知っていても、やめられなかった。
 心を僕に傷つけられた君が、俯いて小走りに走り去っていく姿を見送るのが好きだった。 君の、感情を消した横顔が好きだった。 時折見せる、世を儚んだ横顔が。 苦悩し、感情をもつことを一瞬忘れた、人間離れした君の様だけが僕の胸を高鳴らせた。
 これからもそれは変わらないだろう。だからこれは、僕が最も強く望んだ未来の形であるはずだ。
 なのに時折心を過ぎる思いがある。 もし君を傷つけたりせず、暖かい言葉を口にしていたら、君は僕に笑いかけてくれただろうか。 君と僕と、二人で、他愛ない話ができたのだろうか。
 もし、そんなことが実現していれば、僕は、この世界が美しく強いものだと思えたのだろうに。
 耳障りな電子音が、狭い室内に響く。 このうるさい機械の電源を切れば、君は死ぬ。 その瞳に四季を移すこと無く、誰からも忘れ去られてただ眠り続けるだけの、無駄な生も終わる。
 でもそうはせず、僕は一度だけ君の頬に触れて、それから立ち上がった。 感情を失くした君の横顔を眺め続ける毎日を繰り返すために、僕は君を殺さない。
 戸口から半歩振り返って見た君の横顔は、陽の光の下で笑っていたときのものより魅力的だとは、到底思えなかった。



(2006/03/24)